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2007年 06月 26日 ( 1 )

ベトナムへ行った作家・写真家たち

 アジアにおける米軍による無差別虐殺・暴行が、長期間にわたって
行われたベトナム戦争。

 枯葉剤による被害など、米軍が犯した「人道に反する罪」による被害は、
今も続いている。


 そのベトナム戦争当時、多くの日本人が現地を訪れた。
 

 そして、日本に戻った彼らは・・・

 『ベトナム戦記』を著した開高健は、80年代には釣りと
美食に関するエッセイストとなり、食道がんと肺炎により
1989年に死亡した。


 写真家・石川文洋の「地を這う姿勢」は一貫してゆらぐことなく、
ベトナム終戦30周年の2005年に、『ベトナム 戦争と平和』を発表した。

 米軍・「南ベトナム」側を「取材」した石原慎太郎
(石原は、「ホスト」側が「サービス」として提供した、解放戦線・「北ベトナム」
に向けての砲弾射撃に参加する寸前、石川文洋に「あなたには殺す理由は
ないはずだ」と諌められた)は、大鵬と柏戸の横綱全勝対決を「八百長」と
中傷し(のちに謝罪)、堀江謙一氏の太平洋ヨット無寄港横断を「インチキ」
と中傷し、「三国人」「あやしい外国人」「ババア」「日本軍は強いんだから」など、
意味不明の日本語らしきものを発し続けている。

 上記の「サービス砲弾射撃」の時期に解放戦線側を取材していた
(すなわち、石原慎太郎に殺されかけた)本多勝一は、『北爆の下』や『中国の旅』、
『殺す側の論理』(イザヤベンダサン=山本七平との往復書簡がオモロイ)
『殺される側の論理』などを著し、朝日新聞退社後、
『週刊金曜日』を創刊し、侵略直前のイラクに赴き、
『非常事態のイラクを行く』などの著作を発表している。

 
戦時下の体験・戦後の姿勢には、文筆家・写真家の本性があらわれるのではないだろうか。

 「ピューリッツア賞」を受賞した沢田教一の著作にあるような、米兵と笑いながら撮影された写真や「サイゴン」でダンスに興じる自らの写真を、私は石川文洋の著作で見たことはない。


 明日は、志賀直哉と太宰治について述べたい。
by kase551 | 2007-06-26 23:53 | | Trackback | Comments(0)