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あれから6年

 沖縄の米軍基地に隣接する大学に米軍ヘリが墜落してから 、6年。

 事故直後、大学に隣接する米軍基地から、塀を乗り越えて米兵たちが侵入し、
事故現場をロープで囲い込み、大学関係者・学生、そして日本警察までもシャットアウトした。

 米兵たちは撤去作業の途中、ピザを食い、コーラをあおった。
 
 大学教員・事務員、学生、警官たちは、それを遠巻きにながめることしか許されなかった。
 

 ヘリが激突した大学の建物は損壊し、
道路を隔てた向かいのアパートの2階居間には、
ガラスなどの破片が飛び散った。
 そのアパートに住む女性は、偶然そのとき
こどもを抱いて1階に降りており、奇跡的に難を逃れた。


 事故の数日後、私は現地を訪れた。

 すでに米軍によって、「証拠隠滅」がなされた後だったが、
ヘリが激突した校舎には、生々しい痕跡と、異臭が残っていた。


 明らかな主権侵害である米軍ヘリ墜落事件を、
『琉球新報『沖縄タイムス』は、連日大きく報道していたが、
いわゆる「中央紙」は、「オリンピック報道一色」だった。

 そして、東京に飛んだ沖縄県知事に、当時の首相・小泉純一郎は、
「夏休み」を理由に、待ちぼうけを食わせた。
  
 
 「癒しの島」などと、沖縄を「消費」するだけの
 ジコチューならぬヤマトンチュー。


 沖縄から飛び立つ戦闘機がイラクの罪なき人々を無差別虐殺することを
認めた小泉は、退任直前の「修学米国旅行」で、究極の醜態をさらした。
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by kase551 | 2010-08-13 21:26 | 沖縄 | Trackback | Comments(0)
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