人気ブログランキング |

こうの史代氏への違和感

  8月も終わりに近づく。

  こうの史代『夕凪の街 桜の国』
『この世界の片隅に(全三巻)』
(いずれも双葉社)を再読する。

 繊細で深い描写に感嘆しつつ
(作画においても、背景にスクリーントーンを使わず、
すべて、青木雄二氏のように手描き)、
どうしようもない違和感を、私はぬぐえない。


 戦時中の広島・呉を舞台にしていて、
なんで在日朝鮮人に関する描写がないんやろ?


 特に「夕凪の街」の主人公が暮らす
「スラム」には、多くの朝鮮人が彼女のそばに、
まちがいなくいたはずやのに・・・・


 中沢啓治氏の『はだしのゲン』には、
朝鮮人被爆者が、リアルに描かれていた。
  

 こうの氏の作品群は、傑作である。
 淡々と語りつつ、深く胸に迫る力は、この作家ならではのもの。

 それゆえ、私は恐れる。

 彼女の巧みな絵と語りが読み手に、
「原爆被害」「戦争被害」を、「日本人だけの被害」
として受け止めさせる後押しをするのではないかと。

 「『ヒロシマ』の被害者は、日本人だけだった」
 のような、イメージを植えつけるのではないかと。

 こうの氏の作品群における主人公が、いずれも
可憐な若い日本人女性であることも、「被害者としての日本」
のみをクローズアップさせるのではないだろうか。

 こうの氏に比べると、技術的にははるかに劣るが、
私は長崎被爆を描いた西岡由香氏の
『夏の残像』(凱風社)のほうを、若い人たちにはまず、勧めたい。
by kase551 | 2009-08-28 23:59 | マンガ | Trackback | Comments(15)
トラックバックURL : https://kaseyan.exblog.jp/tb/12214399
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by k2uchihira at 2010-05-30 07:34 x
別の掲示板にも書きましたが、あくまで私見です。こうのさんとお話したこともないし…

「反戦」だとか「拡廃絶」だとか「在日」だとか、そんな主張をするつもりでこうのさんは描いてないと思いますよ。

ただの物語。

忘れては欲しくない物語。
忘れてはいけない物語。

こうのさんの心の中の物語。

史実にそっていようが、いまいが関係ない物語。

マンガや小説ってそんなもんじゃないですか…。
だから気持ちよく読めるし、感情移入もできるし、共感できる。
当然、肌に合わない作品もあるけど、それは読者が読まなければ良いだけのこと。

「反戦なら反戦」「核廃絶なら核廃絶」それらはそれらとしての「活動」をすべきであって、漫画や小説で、世界が変わるわけじゃないでしょう。
恐れることもないでしょう。

恐れるのは「活動」をしている人の価値観でしょう。


読者個人の生き方、活動のきっかけには、大きく影響を与えるものだとは思います。

私の50年近くの人生感、考え方、生活スタイル…ほとんどが、マンガか小説の影響ですね。
両親や兄弟や学校の先生の話に触れた時間よりも、マンガや小説を読んでいた時間の方が圧倒的に長いですから…。
Commented by tu-ta at 2010-05-30 08:47 x
考えさせられた記事だったので、こうのさんのファンクラブの掲示板で紹介させてもらいました。
http://6404.teacup.com/kouno/bbs
しかし、同時に少し違和感もあったので、そのことを書かせてもらいました。同じことを自分のブログにも保存しました。
http://tu-ta.at.webry.info/201005/article_14.html
よかったら、読んでください。
Commented by kase551 at 2010-05-30 16:45
 k2uchihiraさんの「マンガ観・小説観」について、わたしがどうこう言うことが「余計なお世話」であるように、k2uchihiraさんのコメントも、わたしにとっては「余計なお世話」です。
 別に私は、こうの氏に「『反戦』だとか『拡廃絶』だとか『在日』だとか、そんな主張を」することを期待しているのではありません。私は、「『ヒロシマ』を描くならば在日朝鮮人を必ず描かねばならない」と主張しているのではありません。

 しかし私は、こうの氏の「夕凪の街」が傑作であることを認めながらも、この作品における「スラム」の描写以外にも、作品に先立つ作者(こうの氏)による、「広島のある日本のあるこの世界を愛するすべての人へ」ということばに、強い違和感を抱きます。

 ふ~ん・・・

「広島のある日本のあるこの世界」を愛せない人は、どうなるんやろ?
 
 その違和感を、ここでつぶやいているだけです。

 「広島さえなかったら・・・」「日本さえなかったら・・・」
という思いを抱き続けている在韓被爆者も存在するのではないか
と考える私には、この作者のことばは、きわめて「能天気」「無神経」
にひびきます。

Commented by kase551 at 2010-05-30 16:53
 k2uchihiraさんは「当然、肌に合わない作品もあるけど、それは読者が読まなければ良いだけのこと」とお考えです。
 わたしは、「肌に合わない作品も、時には買って読んでみよう」と考えていますので、これからも、こうの氏の作品を、身銭を切って買って読み続けるでしょう。原稿料をもらって書く書評ではないので、わたしが気ままに違和感を表明することに、k2uchihiraさんがここでコメントされることは、ハッキリ言って迷惑なので、今後のコメントに関しては、無断削除もありうることをご理解ください。
Commented by kase551 at 2010-05-30 17:03
 tu-taさんのブログ、拝読しました。
 上でも書いたように、わたしはこうの氏に、別に要求や期待をしているのではなく、「嫌やなぁ~」という素朴な違和感をここでつぶやいていることをご理解ください。
 なにを描くか描かないかは、作者の自由ですから。
 しかし、こうの氏の「広島のある日本のあるこの世界を愛するすべての人へ」ということばは、やはりわたしには「能天気」「無神経」にひびきます。
Commented by hamaryuu at 2010-07-08 16:25 x
 わかりにくいですが、こうの作品にはよく読めば朝鮮人の影が見えますよね。
 「夕凪の街」の七波の母親「太田京花」は朝鮮系の名前ですし、「片隅に」にも「暴力で抑えつけていた、ゆえに暴力に敗れるのか」というすずのモノローグの背景に太極旗が登場します。一見してわかるというものではないですけどね。
Commented by kase551 at 2010-07-08 19:40
 なるほど、「京花さん」が「キョンファさん」である可能性はありますね。「朝鮮系の名前」だと断定することには疑問を感じますが・・・ ご指摘ありがとうございます。「片隅に」も再読してみます。
Commented by aibery at 2011-12-28 21:51 x
はじめまして、かせたにさんが違和感を感じておられる『夕凪の街~』の献辞について考えたことを記させていただきます。

問題は「広島のある日本のあるこの世界を愛するすべての人へ」という文章がいく通りかに解釈されうるということです。
かせたにさんは「(広島や日本を愛さない人へではなく、)広島や日本のある世界を愛する人へ」と解しておられるのだと思います。
そうだとすると確かに、こうの氏は朝鮮人被爆者などにそっぽを向いていて視野狭窄だ、という批判はもっともだと思います。
でも私はこのように解釈する必要はないと思いますし、こうの氏の真意もそうではないと信じます。

私の解釈はこうです。「この世界を愛するすべての人へ(、そしてこの世界には日本があり広島がある)」。
これを私なりに推測して敷衍するとこうなります。
「この世界を愛し、この世界を生きる人へ
あなた方の中には日本や広島を愛している人もいるだろうし、憎んでいる人もいるだろう
大部分のひとは愛しても憎んでもいないだろう
(続)
Commented by abery at 2011-12-28 21:51 x
(承前)
だが、あなたと広島が一見隔たっていても、あなたが愛し生きるこの世界には広島がある
だから、あなたがこの世界を愛し生きるということは、広島という現実と決して無関係ではなく、どこかで繋がっている
そんなあなた方にこの物語を贈る」
私は、こうの氏のこの献辞は、物語を書くということの意味に自覚的である作家の、謙虚ながら勇敢な言葉だと思います。


もちろん上の二つの解釈は両方とも論理的には可能ですし、どちらが正しいかを決定することは作者自身にしかできません。どちらも間違っているかもしれません。
しかし、作者が日本人にだけ語っていると断定し「能天気」「無神経」と決め付けるのは、すこし早計ではないかなと思うのです。

とつぜんの長文を失礼いたしました。
それでは。
Commented by kase551 at 2011-12-28 23:21
aiberyさん、こんばんは。
 おっしゃりたいことは、よくわかりました。
 私の考えは変わりませんが、そういう解釈もできることは、理解できました。
 ただ私は、「作者が日本人だけに語っていると断定」していませんよ。
 「広島のある日本のあるこの世界を愛するすべての人へ」には、日本人以外の人も、当然含まれます。
 また、日本語を解する非日本人が、この言葉に同感することもありえるでしょう。
 「作者が日本人にだけ語っていると断定し」というお言葉は、
すこし早計ではないかなと思います。
Commented by セブン at 2012-09-14 18:25 x
気ままにコメントさせて頂きます。不快に思いましたら削除してください。
本の内容は詳しくは分かりませんが、ここでのコメントを拝見して「なるほど」と思いました。
曖昧な表現ですが、率直な感想はかせたにさんの意見もコメントされた皆さんの意見も私はどちらも大切なことだと思いました。
批判しあうのではなく、認め合えればより理解が深まるのではないかとも感じました。
Commented by セブン at 2012-09-14 18:25 x
あと失礼ながら、かせたにさんの「気ままに違和感を表明する」という表現に私は違和感を覚えました。
このように不特定多数の方が拝見できる場所で「気ままに」というのはなにか責任逃れの言葉のような気がいたします。
ご自身が発言されたことに「あくまで気ままです。責任はありません。」という思いや、「たくさんの人に知ってほしいことだけど、気ままな発言なので批判はしないでください」という思いをお持ちなのか?と思ってしまいます。
たくさんの方の目に触れる場所ですので、やはり「気ままに」だけでは難しい気もいたします。
かせたにさんがたとえそういう思いで「気ままに」という言葉を使っているわけではないとしても、きっとそれはこうのさんが能天気・無神経で「ひろしまのある・・・」という表現を使ったわけではないのと同じな気がします。
ただ、きっと、それだけかせたにさんが日本以外の視点から戦争を考えている方だからだと思います。

読んだ後、コメントは削除していただいて構いません。
Commented by kase551 at 2012-09-15 01:41
 このブログにおける私の言動は「気まま=自由」ではありますが、
「無責任」ではありません。

 「気まま=無責任」というのは、セブンさんのお考えであり、それを
私にあてはめられると非常に迷惑です。

 私が「責任逃れ」など決してしていないことは、
これまでのブログにおける文章をお読みになればお分かりだと思います。
 
 こうの氏の「広島のある日本のあるこの世界を愛するすべての人へ」ということばは、やはりわたしには「能天気」「無神経」にひびきます。
 その違和感をここで自由に(気ままに)述べていますが、「無責任」なたわごとを書いているのでは決してありません。

 「責任はありません」などと、愚かなことを考えたこともありません。
 それは、私の文章をよくお読みになれば、お分かりだろうと思います。 では。
Commented by 匿名 at 2016-12-17 17:50 x
初めまして。
まぁ、在日の方を出した作品としては、はだしのゲンとかもありますし。

それより何故、韓国ドラマには日本人イケメンが出てこないのか不思議です。
隣の国ですし、韓国人女性も日本人に惚れたり腫れたりは当たり前なのに…
強い違和感があります。
Commented by kase551 at 2016-12-18 16:50
 匿名さん、はじめまして。
 私はここで、こうのさんの作品への違和感をつぶやいており、『はだしのゲン』については、すでに本文で言及しているので、「はだしのゲンとかもありますし」というコメントが、
意味不明です。

 そして韓国ドラマには、大谷亮平くんという「日本人イケメン」が出演しているものもありますよ。
 かくいう私も、イケメンではありませんが、1994年に、
『ポリス』という韓国ドラマに、イ・ビョンホンにアドバイスをする警視庁鑑識官「ナカシマシンタロウ」という役で出演しております。


<< 「慰安婦」問題 米原万里さん >>