立原正秋と金胤奎

  学生時代、立原正秋の小説をいくつか読んだ。
『冬の旅』『恋人たち』『冬のかたみに』『剣ヶ崎』など・・・・

 強い美意識と矜持を持った人物が登場することの多い
立原作品は、ナイーブな学生だった私を強くひきつけた。
 
 自伝的小説『冬のかたみに』などから、立原氏が日朝混血であることを
知った私は、彼の美意識が、朝鮮の伝統的文化から来たものではないかと、
想像した。

 
 社会人になってから、立原正秋の作品を読み返すことはなかったが、
親交の深かった高井有一による評伝『立原正秋』(新潮社)を90年代に
読んだ私は、自分が立原正秋について、いかに無知だったかを思い知らされた。

 立原正秋は、日朝混血ではなく、朝鮮人の父母から生まれて日本に渡った、
在日朝鮮人一世だった。
 
 生を受けたときの名前は、金胤奎(キムユンギュ)。
 
 そして生前の彼が書いていた、「父が禅宗の僧であった」ことなどが、
虚飾であったことも、高井氏は指摘している。  

 高井氏の評伝は、出自を隠しながらも、朝鮮への愛着を捨てることなく、
「日本の古典に精通した作家・立原正秋」になりきった一人の人間を
活写している。


 昨日(10月20日)の『西日本新聞』夕刊を開いた私は、
「おっ!」と声をあげた。 
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 1949年。
 日本人女性と結婚して、彼女の戸籍に入り、
「米本正秋」となっていた立原正秋が、民族名の金胤奎で、
『自由朝鮮』という雑誌に小説を掲載していたという記事だ。  

 
 「日本人以上に日本人になろうとしていた」などと、立原正秋を
 評する人もいるようだが、何をアホなことを・・・・
  
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by kase551 | 2008-10-21 23:40 | 「在日」 | Trackback | Comments(0)
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