侵略のツケを払わされるNGO

 ペシャワール会の青年が殺されたことに対して、
「『自分探し』などではない、使命感を持った青年だった」
と、その死を悼むコメントを、ネットでいくつか見かけた。

 彼の死を悼むことは当然だろうが、どうもひっかかる。
 
 「『自分探し』の若者が殺されるのは『自己責任』だ」
 という考え方が、透けて見えるからだ。

  危険なイラクで「自分探し」の旅をして、誘拐されて
 殺された若者は、愚かだったと私は思う。
  しかし、その愚かさは、彼の死を「自己責任」と片付ける
 根拠には、決してならない。

  なぜなら、米国がイラクを侵略し、それを日本が支持・支援
 したことが、イラクにおける一連の日本人誘拐・殺害の背景に
 あるからだ。

  米国・日本の愚かさを指摘せずに若者の愚かさだけを責めるような
 アホなことは、俺にはできない。


  今回の誘拐殺害事件に関して、拙宅で購読している
 『朝日新聞』と『西日本新聞』の社説を併読すると、興味深い。

  『朝日』の社説には、米国の「米」の字もなかったが、
 『西日本』の社説は、ペシャワール会の現地代表である
 中村哲氏の次のようなことばを、冒頭で紹介している。

  「紛争がやまない土地で、私たちは戦争をしない国、
  日本の人間であるということで守られていた」
  「それが、日本が米国のアフガン戦争支援に自衛隊を
  派遣して以来、怪しくなってきた」
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by kase551 | 2008-08-28 23:58 | 社会 | Trackback | Comments(0)
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