せめて器だけでも

さまざまな理由により、スーパーやコンビニで
出来合いの惣菜や弁当を買って、食卓に乗せている
家庭も少なくない。

 よその家庭の事やから、俺がごちゃごちゃゆうのは
筋違いやけど、せめて皿に移し変えてください。
 それも、プラスティックではなく、陶器の皿に。
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 特にこどものいる家庭では。

 故米原万里さんの死後編集されたエッセイ集
『心臓に毛が生えている理由』(角川学芸出版)
における「プラスチックの器に盛られるや、
どんな料理も餌に成り下がる」(83頁)という指摘は
さすがだ。
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 出来合いの惣菜・弁当を、プラ容器のまま食べさせられ
続けたこどもたちは、食材を作った人たち・調理した人たち
に対して思いをはせることもなく、食材=「いのち」への
感謝の気持ちも抱くことなく、食べ物を平気で捨てる「大人」
になってしまうのではないだろうか。 
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by kase551 | 2008-06-16 22:51 | 雑感 | Trackback
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