「憲法記念日」の意見広告

 「憲法記念日」の今日、「意見広告」
が、『読売新聞』『東京新聞』『西日本新聞』に掲載された。
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  憲法改悪派読者が少なくないと思われる「読売」に掲載されるというのは、
「有効」ではないだろうか。

 政府のさまざまな横暴に対して、「昔だったらデモが起こっていたのにねぇ・・・」
などと「昔を懐かしむ中高年」を、私は軽蔑し、嫌悪する。
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 そのような連中は、今日わたしたちが新聞で行った「デモ」の意味を、
おそらく理解できないだろう。
  
 知人の名前、そして尊敬するジャーナリスト(本多勝一氏)の名前をながめながら、
ささやかな祝杯をあげている。
    
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by kase551 | 2008-05-03 23:50 | 社会 | Trackback | Comments(2)
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Commented by グリム伊藤公雄 at 2009-05-03 13:25 x
第1章「天皇」を改正すべきだと思います。なぜなら天皇制は日本国憲法のほかの条文と矛盾している点がたくさんあります。天皇が世襲制であることは、平等原理に反しています。天皇は皇居、皇族は元赤坂に住むことが定められており、職業選択の自由、居住および転居の自由が保障されていません。天皇・皇族には選挙権もありません。このような立場の人間が特定の家に代々受け継がれるのはあまりにもかわいそうです。皇族は公人になるか、私人になるかを選ぶ権利もなく、いやおうなしに公人として生きていくことを強いられています。端的にいえば、皇室には人権がなく、天皇制は非人道的な制度です。 天皇制を廃止して「日本共和国」を建国すべきだと思います。
Commented by kase551 at 2009-05-03 23:53
 私も第一章は改正すべきだと思います。
 
 「国民総意」にもとづく象徴というものが必要なのかどうかが、
疑問です。
 それこそ「国民投票」によって必要性を問うべきでしょう。
 そして、もし「必要」という投票結果が出たとしても、
生身の人間に、死ぬまで「日本国の象徴」「国民統合の象徴」
という役割を担わせることにも疑問を感じます。

 明仁天皇も、皇太子も、生まれたときから天皇になることを
義務付けられているんですよねぇ・・・・
 泥酔して裸になることなんて、想像もできない役割を、
生まれてから死ぬまで遂行するんですよねぇ・・・

 2005年の衆院選で自民党を大勝させるような「国民」が多い
日本においては、富士山や桜など、人間以外の風物や自然を
「象徴」にしたほうがいいと、私は思います。


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