DNA差別

 最近ようやく、「○○のDNA」という
 恐ろしい表現に接することが少なくなりました。

  一時、「九州のDNA」「匠のDNA」などという
 ことばが、新聞などでもよく使われていました。
  記事を書く記者たちは、「しゃれた表現」くらいに
 思っているのかもしれませんが、その無神経さに、
 ホンマに辟易したものです。
  

  DNAっちゅうのは、遺伝子やろが。
  生まれながら持っている遺伝子=DNAが、
「九州」「匠」と何の関係があるんや?

 
 「九州の伝統」「匠の伝統」と書けば済むことなのに。 
 まさに、『創られた伝統』が、この「DNA信仰」でんなぁ・・・


  安倍晋三という、「偽装政治家」を批判するのに、
 「岸信介のDNA」という表現を、著名な文筆家が
 使っていたのにも、脱力でした。
  こんなことをするから、足元をすくわれ、支持者が
 増えないんやろねぇ・・・・

  岸と安倍は、血縁関係にはあるけど、まったくの
 別人格ですがな。
  安倍の悲劇は、祖父・岸を崇拝するあまり、また、
 とりまきにおだてられるままに、醜態をさらし続けた
 ことです。

  それを批判するのに、DNAを持ち出すとは・・・・
  あ~、やだやだ。 
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by kase551 | 2007-12-17 22:40 | 社会 | Trackback | Comments(0)
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