月刊『論座』には、たまにしか目を通しませんが、
数年前に連載されていた梁石日さんの『終りなき始まり』
は、ずっと気になっていました。
単行本(朝日新聞社刊)が出たのは知っていましたが、
上下巻あわせて800頁あまりという長さに、手が出ずに
おりました。
手にとってみると、一気読了でした。
作者の分身といえる主人公(文忠明)と、故李良枝さんを
モデルにした「朴淳花」、金時鐘さんをモデルにした(というよりも、
ほぼ実話ですね)「金基洙」、岡庭昇さんをモデルにした「岡田敬造」などが
登場する「モデル小説」「私小説」の様相を呈していますが、
そのような事情を知らない人が読んでも興味深い力作だと思います。
作者と金時鐘さんにかかわるエピソードを、ほぼそのまま
描いた、文忠明と金基洙の関係が、私には最も印象的です。
破滅的な性格の文忠明・朴淳花カップルの、虚無的かつ直情的な性関係も、
読み応えがあります。
また、妻子を残して家を出た文忠明が、その翌日に駐車違反で摘発され、
外国人登録証を家に置いてきたために、妻に電話をかけて届けてもらうくだりなど、
日本社会の問題点も、巧みに指摘されています。
親の「帰化」にともない日本国籍となったことに反発し、
韓国籍になりたいと願う朴淳花の、次のような独白も・・・・
「どうして千鶴子は軽々と国境を越えてしまえるのだろう。
あまりにも無知で単純すぎる。
たぶん千鶴子は何もわかっていないのだ。
韓国人であり日本人であり、そして何者でもないという私の存在を
千鶴子に理解できるだろうか」(上巻 106頁)
上野千鶴子さんの『国境お構いなし』(朝日新聞社)を最近購入しただけに
〔未読です〕、一層印象に残りました。
そしてそれは、「韓国滞在を楽しんだ」「韓国旅行を楽しむ」
私への問いかけでもあります。
このほか、新宿梁山泊の金守珍さん、故金達寿さんなどをモデルにした
人物描写も興味深く、同時代の記録としても貴重な小説だと思います。