加害と被害の歴史

 1945年8月9日午前11時すぎ。

 米軍による無差別大量虐殺兵器が、長崎に投下された。

 米国によって日本が受けた被害の大きさは、
「長崎原爆資料館」に詳細に記録されている。

 現在でも後遺症に苦しむ人たちや、
被爆者認定をされずに放置されている人たちに
ついては、マスコミなどでも、一部報道されている。

 在韓被爆者に関する新聞報道も、以前に比べると
増えてきた。

 しかし、長崎=原爆被害という、被害の側面だけを
強調することには、違和感を抱く。

 長崎・広島で被爆した朝鮮人の中には、
もし日本が朝鮮を植民地支配していなかったならば、
日本に渡ってこなかったかも知れない人たちが、
まちがいなくいただろう。

 そして、現在「廃墟観光」などと注目されている、
長崎の「軍艦島」に動員されて、炭鉱労働に従事させられた
朝鮮人・中国人の被害事実の一部が、長崎市内の小さな
「資料館」に収められている。

 「長崎原爆資料館」に行かれる方は、
ぜひ「岡まさはる記念 平和資料館」にも足を運んでください。
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by kase551 | 2010-08-09 21:54 | 社会 | Trackback | Comments(0)
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