豊田勇造とビルマ

 豊田勇造さんの父親は、徴兵されてビルマ(ミャンマー)に送られた。

 当時の日本兵は、被害者でもあり、加害者でもあったと、私は思う。

 「背中」という曲には、72歳の父親の背中を銭湯で洗う勇造さんの
思いがこめられている。

 ♪そんな男の背中を洗うと
  この背中の春4回の春を
  ビルマに送った菊の花
  煮ても焼いてもまだ足りん♪

 「60・6・60コンサート」では、
この「背中」と、「フリー・アウンサンスーチー」の
二曲を生で聴くことができた。
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by kase551 | 2009-06-11 23:59 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
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