遺伝子決定論

 「○○のDNA」という表現に出会うたびにぞっとする。

 この表現を使う人たちは、これが「遺伝子決定論」
につながることを、意識しているのだろうか?

  かつて、作家・大西巨人の遺伝子にいちゃもんをつけた
 渡部昇一のような輩がこの表現を使うならば、「なるほど」と思うが・・・・
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by kase551 | 2008-11-03 22:13 | 社会 | Trackback | Comments(0)
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